「雲の上のシーソー」
人は何処から来て、何処にいくのだろうかな、そんなことに取り憑かれたように考えこんでいた幼少期から思春期時代。それらは、歳を重ねたからといって、薄れゆくことはなく、一方的に色濃くなっている。
社会人となり、仕事をし、経験値を重ねるごとに、増してゆく「人間である意味」そして付随する「死生観」、決してマイナスで暗いイメージではなく、どこか生暖かいのも事実として私の心に湧き出ては消えてゆく。
私の職業柄もあるだろうか、生きたくて亡くなってしまう人や、死にたくて生きている人、私はこんな狭間の職種に身を置く中で、心の核なる「人は何処から来て何処にいくんだろう」なんていう答えのない答えを切れ目なく自問自答してきた。
40歳を越え、沢山の命や生きるについての講演もさせていただく中で、大袈裟にも「生きる」背中をおすなんていう事はできないが、「死にたい」人間の裾は引っ張れるんじゃないかと、おこがましくも思う中で、今回のメンバーで、今回の作品を綴った、また、綴れたことに、感謝してやまない。
最初の青年の手記、実際に「がん」という病と戦いながら必死に「生きる」ことをおしえてくれている。わたしは、彼のツイッターやブログの文章が大好きだ。彼から学ぶことしかない。どこかに、おきざりにしている「いつかの、死」を身近に感じているからこそ書ける文字たち。私は彼の底力から、読者と一緒に「それぞれに感じる何か」を学び、感じたいとおもっている。
次に私が書いた小説。「僕と祖母、そして母」これについては、フィクションとノンフィクションをまぜている。答えは読んでくださった「貴方」次第だとおもっている。人には、寿命がある。時には順序が違うときも勿論ある。でも、足元には咲いている美しい花もある。何か、何か、一つ、「死生観」に、「貴方」に、触れられたら、これほど幸せなことはない。
最後はタイトルにもなっている「雲の上のシーソー」この作品のきっかけは、紛れもなく、「コロナ渦」にあって、アーティストが書いた歌詞を文章にしたかったことだ。音楽と文章は親しい、近しい表現だと思う。社会現象にもなり、コロナでの失業や、自殺や、離婚なども囁かれる中において、「あたりまえ」の生活からみた、「変化の中での、されど、人間」を意識して、作詞家の中村しろ、とも何度も何度も原稿を見直してはかかせていただいた。ここで留意していただきたいのは、歌詞については私の一方的な見方からの作品だということ。
これらの作品を出版するにあたり、本当は、来年以降を考えていたが、「今」だからこそ、「今」だとおもい、出版を早めた。
どうか、どうか、貴方の裾を少しひっぱらせてください。一緒に、いきていきたい。どうか、死に際に「産まれてきて、まぁ、よかったかな」と、ベストではなくとも、ベターに、人生を迎え終えられますように。祈りを、これでもか、と「此処」にこめて。
著者 YUKI