一八〇年代、日隈の伊奘諾は女系天神天尾羽張神から東方統治建て直しを詔されると、太子の豊受皇太神(向津姫の入り婿)を率い、鎮圧に動いた。その最中に、皇太神が謀反した。
一八五年、決戦が神戸市東部で勃発し、出雲に飛び火した。伊奘諾は闇見国(黄泉国)で大敗し、向津姫(天神の宗女)・素戔嗚らと共に日向に逃れた。
勝った皇太神は、大蛇、水天神天照大神と称して瑞穂の厳之国王朝(邪馬台国)を建てると、天叢雲剣を天璽に奉って唐古に都し、仏法流布・常世づくりに入れ込んだ。その児天鹿児山(天羽羽)も火天神に立ち、天羽羽矢を天璽と仰いだ。これが倭国大乱だ。
その後、高千穂郷に押し込まれた向津姫は、天照大御神と語り、天之国率いる高天を再興した。次いで、八咫鏡(三角縁神獣鏡)を天璽に奉って天宮高千穂宮に坐し、現人神の日神に昇った。ここに倭奴国王朝は、畿内邪馬台国と日向の高天に二分した。
この間、倭奴国再興にはやる素戔嗚は出雲に乗り込み、豊葦原中つ国を建て直したいと泣き叫んだが、伊奘諾から追放を言い渡されたため、養子五十猛と共に新羅に渡り、時機到来を待った。
一九○年過ぎ、新羅から奥出雲に潜入した素戔嗚は、八岐大蛇親子を討って天叢雲剣・天羽羽矢を召し上げ、豊葦原中つ国再建に奮闘したが、大己貴に邪魔された。
その後は、大己貴が葦原中つ国建て直しに成功して、伯耆・播磨に勢力を広げた。素戔嗚の不遇を耳にした五十猛(天日槍)は、甲兵八千を率いて来襲したが、播磨で大己貴に惨敗した。
勢いに乗った大己貴は越(高志)オロチ族と組み、邪馬台国を執拗に攻め立てた。
«目次»
倭国大乱と邪馬台国 ◇南伝仏教の東アジア流入 ●神国と常世づくりと伊奘諾
◇熊族/熊曾の遠祖 ◇熊野権現 ◇牛頭天王と磐座/大穴持と素戔嗚
◇白髭神社と謡曲白髭/蓬莱郷と仏法・山王信仰の聖地
●豊受皇太神 ●倭国大乱 ●伊奘諾の南遷 ●二人の天照大(御)神
東西の王朝 ●日神の出現 ●天石窟 ●オロチ退治 ●天日槍襲来