錦に生まれ、錦に生きよ──
希錦(ききん)は汝城きっての商家に生まれた美しい娘。両親の一人娘として何不自由なく育ち、婿を取り家を継ぐ定めであった。
彼女の心は隣家の霍二郎(かくじろう)──文を愛する若き学人に寄りがちだった。
だが、選ばれた婿は名を阿疇(あちゅう)という。
その姿は雪月花の如く麗しく、人ならざる神々しさを漂わせているが、希錦の心は穏やかではなかった。
結婚して数年、彼女は様々なわがままをふるい、時に足を洗わせ、腿を揉ませさえした。
阿疇は長い睫を伏せ、ただ黙ってすべてを受け入れるばかり。
ある日、寧家の庭に突然、武装した兵士たちが押し寄せた。
阿疇は流浪の身であった皇太子の孫、今や帝位を継ぐべき身と告げられる。
周囲の目は希錦へと注がれた。
驕り高ぶり、これまでどれだけ婿を軽んじてきたか──誰もが知っている。今や彼は天に昇る身、過去の行いを咎められたらどうするというのか。
希錦は一瞬驚いたが、すぐに書きかけの離縁状をぽいと投げ捨て、阿疇の懐に飛び込んだ。
「あなた、私を正妻に、それも皇后にして!」
周囲が息をのむ中、皇太孫は無言のまま、昔と変わらぬ優しさで彼女を抱きしめた。
かくして希錦は誰もが羨む玉座へと駆け上がり、やがて国母として帝王の心を独占する。
だが、ある者が密かにあの離縁状を帝の前に捧げ、訴えた。
「あの女はあなたを捨てようとし、心を他に寄せていました。全ては嘘の取り入りです!」
帝は静かに目を上げ、一言で言い放った。
「余の妃に、何の関係があろう?」