段知微(だん ちび)は、ある日目を覚ますと、自分が異世界に転移したことに気づいた。さらに悲劇的是、彼女は涼州(りょうしゅう)に身寄りがおらず、長安に住む叔母を頼るしかなかった。
上巳の佳節、曲江池のほとりでは、貴族の若者たちの笑い声が絶えない。
柳の影と咲き乱れる花、大慈恩寺は、長安の貴婦人たちに人気の遊覧地。
「全部、露店を出すのに最高の場所じゃないか!」
「こちらのお嬢様、お美しいお姿に、この桃花乳酪(とうか にゅうらく)をお召し上がりになれば、一層お色直りになること間違いなし」
「そちらの郎君、夏の暑い日に大慈恩寺で俗講(ぞっこう)を聞かれた後は、ひんやりとした紫蘇飲(しそいん)で、心まで涼しくなりませぬか」
立春の明媚な春光には、季節に合わせて春蒿(しゅんこう)や黄韭(こうきゅう)を摘み、小さな炭火で焼いた肉を春餅(しゅんぺい)で包んで「咬春(こうしゅん)」を楽しむ。
夏の暑さには、各種清涼飲料を提供。中でも槐葉冷淘(かいよう れいとう)や夏月麻腐鸡皮(かげつ まふ けいひ)はこの季節だけの限定品。
秋の重陽節には、砂糖炒りの黄金でほくほくの栗や、門口の大鍋で朝からぐつぐつと煮込んだ「神仙肉(しんせんにく)」(冰糖蹄髈)が大人気。
腊日(ろうじつ)に雪がちらつく頃には、温かなストーブと、ほんのり温めた小豆の花蜜奶茶が待っている。菊の花火鍋や、牛油辣椒(ぎゅうゆ ラージャオ)の火鍋もご用意。
「え? この時代に牛油も辣椒もないですって? ご安心を……他にもいろいろな味をご用意しておりますよ」
香ばしい路上の屋台から始まり、街角の小さな食堂を経て、ついには長安の中心業務地区である西市で有名な美食店のオーナーへ。段知微は見事、長安で起業を成功させる。
しかし、長安の幻想的な夜には、時として奇妙な客も現れるのだった。
泥金(でいきん)の襦裙(じゅく)を着た飛頭蛮(ひとうばん) には、「お客様、まずはお頭をお付けになってからお入りください……」とお願いする。
七夕に呪われた磨喝楽(まから) の人形には、「店の前に寝転がらないでいただけませんか、商売の邪魔です」と嘆く。
屋根の上で歌う金華猫(きんかびょう) には、「この焼き魚を食べ終わったら、早くお家に帰ってください。古籍には、金華猫に近づいた人は脱毛しやすくなると書いてありますから」と忠告する。
月夜にだけ現れる小さな修月人(しゅうげつじん) は、玉屑(ぎょくせつ)を混ぜたおにぎりを食べたいと注文する。
「はいはい、来る者は客です。お代金をいただけるなら何でも。それに、どうかご迷惑はおかけになさいませんように。当店には金吾衛(きんごえい) の方が常駐していらっしゃいますからね」
そう名指しで出てきた金吾衛、袁慎己(えん しんき) は言う。「かつて涼州の城外で、ある心優しい女性に助けられたことがある。段(だん)の娘は涼州から来たというなら……」
「私じゃありません、違います! 袁(えん)都尉(とい)さま、今日はお時間がおありでいらっしゃったのですね。では、新しく開発した栗の畢羅(ひら)を、ぜひお召し上がりください」
段知微は、石窯で一番焼きの悪いものを慎重に選び、彼に手渡した。
袁慎己「……」