雲家は代々続く官家だったが、雲老爺の代になると左遷が続き、一家は辺境の綏国へ移された。
そこは広南王の封地。王には二人の息子がいたが、聡明で才に秀でた長男ばかりが目をかけられていた。落ちぶれゆく家計を案じた雲老爺は一晩考え、娘を嫁がせようと目論む。
しかし長男には婚約者がいた。失望する雲老爺のもとに、広南王自ら返信が届く。
「次男の沈誉(しん よ)はまだ未婚ゆえ、まず側室として迎えよう」
雲老爺は大切な娘を出すには惜しいが、命にも逆らえぬ。困り果てた末、彼はめったに会ったことのない、愛人との間に生まれた娘の存在を思い出す。
雲老爺はほくそ笑み、雲朵(うん か)を嫁がせることにした。
雲朵は幼い頃から母と二人、貧しくも慎ましく暮らしてきた。引っ越しを迫られる日まで、自分があの雲家の落とし胤(たね)だとは知らなかった。
実の父親に引き取られても楽にはなれず、毎日甘味の屋台を押して細々と生計を立てる日々。
人の勧めで繁華街へ出ようとはせず、雲朵はそっと首を振るだけだった。その視線は、向かいの楼閣で茶を嗜む、清らかで優美な一人の貴公子を、ただ静かに追っていた。
*
雲朵は、嫁ぐ前にもう少しだけ、と願っていた。
けれどまさか、父が決めた許嫁が、あの窓辺に寄って月明かりのように清らかな沈誉その人だとは、夢にも思わなかった。
不安を抱えて王府に入り、花嫁の夜を迎えたが、夫は顔すら見せず、彼女はただ一人、夜明けまで座り続けた。
聞けば、彼には心に秘めた“白月光”がいるという。
雲朵は苦笑し、慕いを胸にしまい、慎ましく空閨を守ることにした。
ほどなく、沈誉の弱冠の礼の席で、広南王は彼の思い人を正妃として迎えることを許した。
沈誉は大いに喜び、泥酔して人事不省に…
激しい情熱の渦の中、雲朵は思う。そろそろ身を引く時だと。
狂おしい一夜が明け、沈誉が床を離れるより早く、彼のいつも淑やかで穏やかな寝床の伴侶が震える声で言う。
「わたくし、無徳ではございますが…どうか、離縁の書を一通ください」
沈誉は相変わらず淡々とした様子だったが、その視線は、彼女のまだ紅潮の残る顔に、しばし留まったままだった…
*
それから一年、王宮に大変事が起こり、沈誉は王位を継いだ。
その頃、雲朵は城外で粥屋の小さな女将となっていた。毎日はさほど忙しくなく、穏やかな日々を送っていたが、ただ月を見上げては、よくぼんやりしていた。
ある日、店に一人の客が現れた。
その男は開店から閉店まで、いつも同じ席に座り、邪魔もせず、去ろうともしない。
夜も更けた頃、ようやく雲朵に頼む。
「私は妻に捨てられ、一文無しです。どうか哀れんで、粥の代わりに小二として置いてはくれませんか」